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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)721号 判決 1983年9月20日

第七二一号事件控訴人第八〇四号事件被控訴人(第一審被告) 中井證券株式会社

右代表者代表取締役 中井恒彦

右訴訟代理人弁護士 西浦義一

同 西浦一明

同 西浦一成

第七二一号事件被控訴人第八〇四号事件控訴人(第一審原告) 新日本開発株式会社

右代表者代表取締役 糸山英太郎

右訴訟代理人弁護士 巽貞男

主文

一、本件当事者双方の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1.第一審被告は第一審原告に対し帝国石油株式会社の株式(額面金五〇円)の株券五万五〇〇〇株分の引渡しをせよ。

2.前項の株券引渡しの強制執行が不能のときは、右引渡しの履行に代えて、第一審被告は第一審原告に対し四六八〇万五〇〇〇円及びこれに対する右強制執行が不能となった日の翌日から右支払済みまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

3.第一審原告のその余の請求(当審での拡張分を含む。)を棄却する。

4.右1及び2項につき仮に執行することができる。

二、訴訟費用は、第一、二審ともこれを三分し、その一を第一審被告の、その余を第一審原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、第一審原告

1.原判決を次のとおり変更する。

(一)  第一審被告は第一審原告に対し帝国石油株式会社の株式(額面金五〇円)の株券二八万二〇〇〇株分の引渡しをするとともに昭和四九年八月二七日から右引渡済みまで一億一八四四万円に対する年六分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  前項の株券引渡しの強制執行が不能のときは、右引渡しの履行に代えて第一審被告は第一審原告に対し二億五五四九万二〇〇〇円(原審での一億一八四四万円を当審で拡張)及びこれに対する昭和四九年八月二七日から右支払済みまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

(三)  右(一)及び(二)項につき仮執行の宣言。

2.第一審被告の控訴を棄却する。

3.訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

二、第一審被告

1.原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

2.第一審原告の控訴(当審で拡張した請求を含む。)を棄却する。

3.訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

第二、主張

一、請求原因

1.第一審被告(以下「被告」という。)は、証券取引法二八条にいう証券業をなすことの免許を受けた会社であるが、第一審原告(以下「原告」という。)は、昭和四七年一一月二二日ころ田中一角名義で、同四八年六月二九日ころ原告名義で、いずれも株式の信用取引口座設定契約を締結し、被告に対し証券取引法四九条、証券取引法第四九条に規定する取引及びその保証金に関する省令五条により、昭和四八年二月六日帝国石油株式会社(以下「帝石」という。)の株式(額面金五〇円)の株券一七万二〇〇〇株分(以下「本件(一)の株券」という。)を右前者の契約の、同年六月二九日同会社の前同株券一一万株分(以下「本件(二)の株券」という。)を右後者の契約の各保証金代用有価証券(以下「代用証券」という。)として預託し、その際、いずれも被告から右の各預託株券にかかる預り証の交付を受け、現にこれを所持している。

2.原告は、昭和四九年八月二七日、被告に到達した意思表示により、前記各信用取引口座設定契約を解除した。

3.右帝石の株式の時価は、右契約解除当時では一株当り四二〇円、本件口頭弁論終結日の直前の昭和五八年一月一七日の時点では一株当り九〇六円であった。

4.よって、原告は、被告に対し、第一次的に原告が所持する本件(一)及び(二)の株券にかかる預り証に基づき(信用取引の代用証券の返還は、その預り証と引き換えになされるべきであり、そのようになされた場合にのみ受託者が免責されるという取引慣習ないし慣習法が成立している。)、第二次的に右契約解除に基づき本件(一)及び(二)の株券ないしこれと同種同数の帝石の株券二八万二〇〇〇株分(原告が被告に預託した株券は、個々の株式番号等によって特定された特定物ではなく、右預り証においても単に銘柄と数量が記載されているだけであるから、右預り証により被告が受寄者として責任を負う対象物は、原告が寄託した株券が存在しなければこれと同種同等の株券である。)の引渡しを求めるとともに、右引渡しの履行遅滞による損害賠償として、右契約解除時の本件(一)及び(二)の株券にかかる株式の価格である一億一八四四万円に対する右解除時である昭和四九年八月二七日からその引渡済みまで商事法定利率の年六分の割合による金員の支払いを求めるとともに、右株券の引渡しの強制執行が不能のときは、右引渡しの履行に代えて、本件口頭弁論終結時に直近の昭和五八年一月一七日における右株式の価格である二億五五四九万二〇〇〇円とこれにかかる遅延損害金として、右昭和四九年八月二七日からその支払済みまで前記年六分の割合による金員の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1.請求原因1の事実のうち信用取引口座設定契約締結日の点を除くその余の事実、同2の事実は、いずれも認める。

2.同3の事実は不知。

3.同4の主張は争う。(商慣習についての原告の主張は、全く根拠のない議論である。また、信用取引の代用証券は、証券会社が個々の具体的な株券を特定して預り保管しているものであり、これを返還する場合も必ず当初預った株券と同一の株券の返還を要するものとして、特定物引渡債務を負担するものであるから、原告の預託した株券が被告の手許にない以上、右株券の引渡債務は履行不能となったものと解するほかはない。)

三、抗弁

1.被告は、訴外関一(以下「関」という。)に対し、本件(一)の株券一七万二〇〇〇株分を次のとおり返還した。

(一)  昭和四八年二月二〇日 五万株

(二)  同年七月二日 三万株

(三)  同年同月二五日 一万二〇〇〇株

(四)  同年八月八日 二万株

(五)  同年同月二一日 三万株

(六)  同四九年一月八日 三万株

2.被告は、関の指示により同四九年三月二八日本件(二)の株券一一万株分を代金五三三二万四五七三円で売却した。

なお、右代金は、同訴外人の指示により次のとおり処理した。

すなわち、右代金の内金二〇〇六万八三四二円は、原告が田中一角名義の口座で買建していた三光汽船株式会社(以下「三光汽船」という。)の株式二万株を受株するに際してその代金に充て、同年四月九日同訴外人が右株式の引渡を受け、内金二〇五七万九九五八円は、原告が右口座でした信用取引より生じた損金の決済に充て、内金一五〇万円は、右口座の信用取引保証金として被告に差し入れ、内金一一一七万六二七三円は、同訴外人が持ち帰った。

3.関は、右1の本件(一)の株券の返還を受け、右2の本件(二)の株券の売却指示をした当時、原告の代理人として右返還受領権限及び右売却指示権限(以下「本件各権限」という。)を原告から与えられていた。仮に本件各権限が与えられていなかったとしても、同訴外人は、原告の代理人として右の各権限を有するかのような外観を有し、被告は、同訴外人の右外観を信頼して同訴外人に右の各権限があるものと信じて前記各株券の返還及び売却をし、かつ過失がなかったものであるから、被告の右株券の返還及び売却処分は、債権の準占有者に対する弁済の法理により保護されるべきである。同訴外人の本件各権限についての右の事実関係を裏付ける事情は、次のとおりである。

(一)被告は、昭和四六年八月二三日原告代表者糸山英太郎からの申入れにより、被告会社二階応接室において右原告代表者、関、被告代表者中井恒彦、当時の被告常務取締役訴外島昌雄(以下「島」という。)の四名で初めて会談(以下「本件四者会議」という。)し、その際、被告代表者は、原告代表者に対し、原告と被告との間で株式の信用取引を開始するにあたり、責任の所在を明確にするため、取引の注文を出したり、取引に伴う金銭や有価証券の受け渡しをする際の窓口を、原告側においては原告代表者と関とに、被告側においては被告代表者と島とにそれぞれ限定したい旨申出たところ、原告代表者は、これを了解した。

(二)  右会談における了解を基本的かつ包括的な約定として、これに基づき、その後昭和四九年六月頃まで継続した原告と被告との間の信用取引(売買委託自体は同年四月初めまで)は、その口座が原告自身の名義で設定されたほか、田中一角、塩山正男等の架空名義や第三者名義でも設定されたので、これらの口座を使用して処理され、その間、原告から被告に対して多数回の取引の注文や原告と被告との間で約六〇回にわたる金銭ないし株券の受け渡しがなされたが、原告代表者自身が右金銭ないし株券の受け渡しを行ったことは一度もなく、右取引の注文の大部分及び右金銭、株券の受け渡しの全部が関によってなされた。

(三)  関は、以前、証券マンとして相当の腕を発揮していた者で、証券取引の実情に明るく、原告代表者が同人に対し本件各権限を付与したとしても何ら不思議でない人物であった。もっとも、原告は、同訴外人がかつて、証券会社に勤務していた折、金銭的な不祥事を起こしたことのある人物であるから信用できず、かかる者に本件各権限を付与するはずがないというけれども、原告代表者は、本件四者会談が中山製鋼株の買い占めについて持たれた極めて重要かつ秘密を要するものであったのに、その場に関を同席させたり、海外でのゴルフツアーに同人を同行させるなど、原告代表者が同人を相当信用していたことをうかがわせる事情がある。なお、関が本件四者会談の際、被告代表者らに差出した同人の名刺には、原告代表者の秘書である旨が記載されていたこともこのことを裏付けている。

(四)  被告では省令の定めに則り、顧客との間に取引が成立する都度、その顧客に対してその翌営業日に必ず売買報告書を送付するほか、半年に一回必ず残高照合通知書(元帳のコピー)を送付しており、このことは原告に対しても例外ではなく、原告は、これらのことにより被告との間の自己の取引状況を逐一あるいは定期的に知り得たはずである。しかるに、原告は、昭和四九年八月まで被告に対して預託株券の返還状況について説明を求めたり、異議の申出をしたことがなかった。

(五)  被告は、原告に対し、昭和四九年一月一一日原告に到達した書面により、本件(一)の株券を返却したことを理由にその預り証を無効とする旨の通告をしたが、原告は、これに対しても異議の申出をしなかった。

四、抗弁に対する認否

1.抗弁1及び2の各事実は、不知。

2.同3のうち、冒頭の事実は、否認し、主張は争う。その(一)ないし(五)の各事実に対する認否及び反論は、次のとおりである。

(一)  同3の(一)については、被告主張の四名が昭和四六年に会合した点は認めるが、その場での原、被告代表者間の合意内容の点は否認する。右会合は、昭和四六年八月ころに原告が中山製鋼株の買占めをなすにあたり、被告が協力するかどうかを用件とした一五分か二〇分前後の短時間のものであったうえに、関がかつて証券会社に勤めていたころ横領行為をなし、そのため退職させられて証券業界から所払いになっていた者であるから、同人の地位、権限について話す時間的余裕も根拠もなかった。また、右四名の会合の場での話合の結果は、中山製鋼に関する信用取引約諾書に基づく株式の取引にのみ関係するものに過ぎない。

(二)  同3の(二)については、右会合の後昭和四九年まで原告と被告との間に原告自身や田中一角等の名義で株式の信用取引口座設定契約が締結され、原告が右取引口座を使用して被告に対し株式の売買の委託をし、これによる金銭ないし株券の受け渡しが原、被告間で多数回行なわれたことは認めるが、その余の点は否認する。原告では被告との右取引特に金銭、株券の授受には原告代表者の妹である訴外糸山正子がその衝に当っていた。

(三)  同3の(三)については、関がかつて証券会社に勤務していた者であること、前記四名の会合が中山製鋼株の買占めについて持たれたものであり、関がこれに同席したことは、いずれも認めるが、その余の事実は、否認する。原告が前記のように横領行為をして証券業界から所払いとなっている関を責任ある地位につけるわけはなく、単に原告の縁故会社の嘱託として勤務させ、原告の従業員が被告に赴く際その往復路の用心のためこれに同行させていたことがあるのに過ぎず、被告がいう関の名刺も原告代表者が昭和四八年七月参議院議員選挙に立候補した際に、右選挙のため、肩書だけが秘書である者多数が作られ、同訴外人もその一員となったので、本来の秘書ではないのに秘書の肩書を付した名刺が作られたものであって、前記四名の会合時である昭和四六年八月ころには存在しなかったものである。

(四)  同3の(四)及び(五)の各事実は、すべて否認する。

(五)  被告の関に対する本件(一)の株券の返還及び同人の指示による本件(二)の株券の売却につき債権の準占有者に対する弁済の法理が適用されるものであり、被告は、右株券の返還及び株券の売却をした際、関が本件各権限を有しないことを知らなかったとしても、そのことにつき重大な過失がある。すなわち、被告は、関が本件(一)及び(二)の各株券の預り証を所持していないのに、関に本件(一)の株券を返還し、同人の指示で本件(二)の株券を売却してその代金を処分したものであるが、このことは、さきに原告が主張した預り証の重要性やかかることが証券業協会所属の証券会社の取扱例としても皆無であること等に照らし、重大な過失と目されるうえに、関に返還された本件(一)の株券が当時でも一億円を超す巨額のものであり、それが約一年間にわたり回を重ねて行なわれたこと、さらには本件(二)の株式の売却が被告のいう預り証の無効通知を出した後にもなされていることは、重大な過失というよりは、意図的になされたものとしかとりようのないものである。本件(一)の株券を関に返還し、同人の指示で本件(二)の株券を売却してその代金を処分するに当っては、被告は、原告代表者に連絡してその了解を得るべきであったのであり、当時右連絡は、電話等により容易にとることができたのであるから、これをしなかった被告には、この点でも重大な過失がある。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因1の事実のうち、原告と被告との間の株式信用取引口座設定契約締結の日時の点を除くその余の事実及び同2の事実については、当事者間に争いがなく、右日時の点は、<証拠>により、右請求原因の主張どおりの事実を認めることができる。

そうすると、本件(一)及び(二)の株券の寄託契約に基づく原告の被告に対する右株券の返還請求権の成立は、これを肯認することができるとともに、原告の寄託した右株券そのものの返還が不能となっても、右株券が代替性と高度の流通性を有するものであり、しかも、右契約締結当時、当事者である原、被告が右株券の個性を重視することなく、それ自体の返還不能の場合にはこれと同銘柄、同数量の株券の返還をもってすることに異議のなかったことが弁論の全趣旨から認められる本件においては、原告は、信義則上、被告に対し本件(一)及び(二)の株券と同銘柄、同数量の株券の返還を請求できるものと解するのが相当である。

なお、原告が前記株券の預り証を所持していることにより、被告に対する右株券の返還請求権を有する旨主張する点については、原告主張の慣習ないし慣習法の存在を認むべき証拠はなく、右預り証が寄託株券の返還請求権を表章した有価証券でない(単なる証拠証券である)ことは、明らかであるから、右主張は、理由がない。

二、そこで、抗弁について判断する。

1.抗弁1及び2の各事実については、<証拠>によりこれを認めることができる。

2.関が本件各権限を有していたかどうかについては、後記3に判示する事実よりみられるように、同人は、特異な経営手腕を有する原告代表者糸山英太郎(以下「英太郎」という。)からその証券マンとしての経験と能力を評価され、原告ないし英太郎が個人の資格でする株式取引につきかなり広汎な権限を与えられていた事情が認められ、かかる事情からすれば、関は、本件各権限についてもこれを付与されていたのではないかともみられるけれども、前顕甲第一五号証の一、二、乙第二四号証、原審証人島昌雄の証言(第二回)、原審における録音テープに対する検証の結果(原告は、右録音テープが相手方に無断で録音された電話に対する対話を内容とするものであるから、違法な手段によって得られた証拠として証拠能力を欠く旨主張するけれども、右主張の事実を認めるに足る証拠がないうえに、右検証の証拠調は、当事者双方に異議なく終了したものであるから、右主張は、採用できない。)、原審及び当審における原告代表者に対する尋問の結果によると、関は、本件(一)及び(二)の株券に対する同人の関与事情を追及した原告の従業員に対しても、これを問い合わせた被告の役員に対しても、等しく同人が本件各権限を有していなかったことを前提として事情説明をなし、その限りでは原告代表者の右本人尋問の結果と符合しているので、関に本件各権限があったものとは認め難いところである。

3.以下、被告の所為が債権の準占有者への弁済として保護されるかどうかを検討する。

(一)  <証拠>に弁論の全趣旨を併せると、次の各事実を認定することができ、右認定に反する前掲各証拠の除外部分は、その余の前掲各証拠に照らして措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  英太郎は、昭和四四年ころ株式売買の委託先である大七証券株式会社の営業課長橋本行博の紹介で関と知り合った。英太郎は、資産家として知られた佐々木真太郎を父に持ち、常識の枠を破った会社経営を志向する野心的な青年実業家であったのに対し、関は、かつて和田得証券株式会社に歩合外務員として勤務し、証券業経歴一八年の経験と知識により同会社のトップ・セールスマンとして活躍して、北浜に多くの知人を持ち、大阪の証券業界の事情に精通していたが、昭和四三年一一月から同四四年六月にかけて顧客の信用取引口座から保証金や代用証券を無断で引出したり、自己思惑をしたりして、顧客及び勤務先の会社に対し合計約二七〇〇万円の損害を与え、そのため同年九月同会社を解雇され、同年一〇月には大阪証券業協会から同協会の規則に基づく処分として、不都合行為者と決定され、じ後五年間は証券会社に雇われることができない者であった。英太郎は、関が右のような不祥事を起こした者であることを知りながら、同人を自己の私的な秘書として雇い入れ、株式の情報収集などの仕事をさせていたところ、間もなく原告事務所内に机を与え、原告から給料を支給して、英太郎がなす株式取引に関する事務を担当させるようになったが、原告従業員には株式取引について十分な知識、経験を有する者が居なかったため、原告の右株式取引関係事務の処理は、原告従業員間では主に関がするようになっていた。

(2)  英太郎は、かねてから大阪証券取引所で仕手株銘柄として評判の高い株式会社中山製鋼所(以下「中山製鋼」という。)の株式に関心を持ち、東京の前記大七証券に注文し、大阪の被告を通じてその株券を買い集めていたが、昭和四六年八月になって、中山製鋼の株式を買占めることを企て、右買占めにつき被告の協力を得るため、同年八月二三日関の案内で被告事務所へ出向き、被告代表者中井恒彦、被告専務取締役島と会談(本件四者会談)した。その際、英太郎は、関が「新日本観光興業株式会社常務取締役関西支社長、新日本企画株式会社取締役社長、新日本開発株式会社取締役社長、新日本興産株式会社取締役社長、糸山英太郎秘書」の肩書を記載した同人の名刺を使用して右被告側両名に自己紹介をすることを許容し、その場で、被告代表者に対し右株式買占めについての協力を依頼してその了承を得るとともに、株式売買の注文、株券や保証金の授受等右買占めの実行に伴う原、被告間の事務の処理に当っては、多大の財貨に関係する取引で秘密を要するものであるところから、その担当者を限定することとし、被告側では外務員を介することなく会社役員が直々これに当るいわゆる直接扱いとし、その担当者ないし取扱者を被告側では被告代表者と島に限定し、原告側では英太郎と英太郎差支えのときは関に限定することを被告との間で合意した。

(3)  被告の協力による英太郎の中山製鋼株の買占めは、本件四者会談の翌日から開始され、昭和四七年三月一〇日までの間、被告を含む複数の証券会社に原告を含む実名、架空名による多数の信用取引、現金取引の口座が設定され、英太郎は、これらの口座を使用することにより四〇〇万株を超える中山製鋼株を取得し、その買占めに成功して莫大な利益を収めたが、右買占めの実行に当っては、被告は買占めを成功させるうえで必要な買占めの帳本人を秘匿する方法として、多大の危険を冒していわゆる店内信用買いの方法を採り、証券金融会社の融資に頼らず、自社の資力を動員して英太郎のために約一五〇万株の中山製鋼株を買取り、右買占めの成功に大きく寄与し、関も英太郎の直接の指示を受け、被告との間における右買占め株の発注、代金や株券の授受等につき被告側担当者島と直接連絡を保ち、原告従業員中での中心的な役割を果した。

(4)  右中山製鋼株買占め関係の株式取引終了後約四か月は、原、被告間に株式取引関係がみられなかったが、昭和四七年七月に入って英太郎は再び被告を通じての株式売買をするようになった。右取引は、当初新日本企画株式会社名義の口座でしたものの一部に現金取引が混入している分を除くと、すべて「森一郎」あるいは「田中一角」という架空名義の信用取引口座を使用してなされた信用取引であり、被告が右の各口座により英太郎からの受注分として処理した取引は、別紙取引一覧表記載のとおりである。右の各取引も前記中山製鋼株の取引におけると同様、被告側のいわゆる直接扱いの取引として処理されたが、信用取引保証金やその代用証券の授受が被告事務所でなされたときは、右中山製鋼株の取引時には関が原告従業員と同行してこれを処理したのに対し、右の各取引では関が単独で来所してこれにあたることが殆んどであった。

(5)  本件(一)の株券は、関が右田中一角名義の信用取引口座の代用証券として被告事務所に持参して預託し、田中一角あての預り証を受領し、これを原告の総務部長嶋嵜秀男に引継ぎ、同人が右預り証をその責任のもとに保管していたところ、島は、関に対し、その求めに応じて右預り証を回収することなく、前判示のとおり、昭和四八年二月二〇日から同四九年一月八日までの間、六回にわたり、右株券全部を返還した。

(6)  英太郎と被告との間の前判示の各信用取引では、被告に預託された代用証券の一部を返還する場合が散見され、これらの場合を含む右代用証券の一部ないし全部の返還の場合には、その預り証の回収が二、三日内になされることが多い事情にあり、中には数日あるいは一か月以上も遅れることもある(一か月以上遅れた点につき乙第一〇号証、第一二号証の一)が、本件(一)の株券の返還のように相次いでなされ、預り証の返還が長期間遅れたものはなかった。

(7)  島は、関に対し、本件(一)の株券の預り証を持参するよう何回も催促していたが、関は、「預り証は、東京にあり、英太郎が立候補する予定の参議院議員選挙の運動で忙しく、持って来れないので待ってくれ。」と言って、右預り証を返還しなかった。

そこで、被告は、本件(一)の株券全部が引き出された日の翌日である昭和四九年一月九日付で、原告事務所内の田中一角あてに「此度御貴殿より御預りの信用取引保証金代用帝油株一七二〇〇〇株を昭和四八年二月二〇日返却(内五〇〇〇〇株)の為出庫致しました。つきましては当社発行の預り証第B八八四一九号の返却を御請求申し上げておりますが、未だ御返却がありませんので、当該預り証を本状到着の日より無効とさせていただきます。(中略)又本件につき御不審の点が有りましたら、本社検査課あて御連絡下さい。」という内容の文書を書留郵便で送付し、右郵便は同月一一日配達を完了したが、右文書については原告側から被告に対する何らの連絡もなされなかった。

(8)  本件(二)の株券は、英太郎がかねてから前記田中一角名義の信用取引口座によって買建てしていた株式にかかるものであるが、原告においてこれを原告の正式保有株式として会計帳簿に記帳するため、昭和四八年六月二五日原告の資金によって受株をなし、被告のもとに新設した原告名義の信用取引口座の代用証券として差し入れられ、その預り証は、原告の総務部長嶋嵜秀男により本件(一)の株式のそれと同様保管されているところ、島は、関の指示により、同四九年一月二二日前記田中一角名義の信用取引口座に二〇五六万〇九二〇円の欠損が生じているのに信用取引保証金が預託されていない事態を解消するため、預り証を差し換えることなく、右株券を引き出し、これを右田中一角名義の信用取引口座の代用証券として差し入れ、その預り証を被告のもとに留めたまま、関の指示により、同年三月二八日前判示のとおり右株式を売却し、その代金を抗弁2のとおり処分した。

(9)  被告は、英太郎に対し、前記各取引口座による株式の売買委託として同人や関からの注文(前記中山製鋼株買占め関係の株式取引終了後再開された前判示の各信用取引のうち、末期の平和不動産、中外炉、三光汽船の三銘柄にかかる取引においては全部、その余の取引においてもかなりのものが関によって注文されたが、このうち右三銘柄の注文は関が英太郎に無断でしたものである。)を受けた株式の売買が成立する都度その売買報告書、計算書等を、信用取引の手仕舞分についてはその際に信用取引受渡計算書を、信用取引保証金またはその代用証券の出入れについては年二回顧客勘定元帳の写を、いずれも普通郵便で原告事務所内の各口座名義人あてに送付していたが、原告側からは何らの連絡もなされなかった。

(10)  英太郎は、昭和四八年半ばころから参議院議員選挙に全国区から出馬する準備を進め、同四九年七月同選挙で当選するまでの間右選挙関係で多忙であったところ、同人が被告に対し本件(一)及び(二)の株券の返還を求めたのは、同年八月二七日であった。

(二)  以上の各事実を前提として次のように判断する。

(1)  被告の善意の点については、被告において関が原告の代理人として本件各権限を有するものと判断して、本件(一)の株券の返還をなし、本件(二)の株券の売却をしたものであることは、右認定の事実関係より明らかであるから、被告の善意は、これを肯認することができる。

(2)  被告の無過失の点をまず本件(一)の株式の返還について検討する。被告が本件(一)の株券を関に返還するに際し、その預り証を徴していないこと、右返還株券にかかる株式の価額が高額であり、しかも右返還が六回にわたってなされていること、加えて原、被告間で本件(一)の株券の返還を受けるにあたり右預り証が重要なものと認識され、現にそれまでの原告ないし英太郎との取引においては、被告が代用証券を返還する場合には引き換えか二、三日以内にその預り証の返却を受けていたことが大半であった事情をも併せ考えると、被告の過失は否定しがたいかのようにみえる。

しかしながら、原告と被告は、中山製鋼株の買占めの大仕手戦で緊密な協力関係を示したが、右仕手戦において、原、被告間の取引で中心的な役割を果した本件四者会談の当事者四名については、右取引が大規模なものであり、その性質が高度の知識、経験を秘密裡に駆使することを必要とする難事業であったところから、これに成功したことにより、右四者相互間には、一般の関係におけるものとは異る格段に深い信頼関係が形成されていたものと考えられる。本件(一)及び(二)の各株券にかかる信用取引口座は、右買占め関係の口座が清算された後に設定されたものではあるが、右空白期間は短期間であり、この間に右四者相互間の信頼関係に消長を来たす事情が発生した形跡はなく、むしろ、右買占め関係の口座清算後に被告のもとに設定された原告ないし英太郎関係の各信用取引口座がいずれも右買占め関係の口座と同様いわゆる直接扱いとして被告側ではその代表者ないし常務取締役が直々に取り扱う取引用のものとされていたことは、右相互の信頼関係が右各口座による取引の基礎となっていたことを裏書するものとみることができる。加えて、英太郎と関との前記認定の人間関係からみると、英太郎は、関の株式取引における経験、手腕を利用して、この点についての原告の不足を補うべく、危険ではあるが有能な人材を巧みに操縦する自信を持ち、かかる自信とその姿勢を自己の取引関係者とりわけ四者会談に連らなった被告の役員両名に示し、そのため、右被告の社員らが英太郎の関に対する信頼を大きなものと受け取っていたであろうことは容易に推知しうるところであり、島らにおいて、本件(一)の株券引き出しについても関が英太郎から一任されているものと判断したこともそれなりに首肯できるところである。

しかして、右四者間のかかる特殊事情を考慮すると、被告が前判示のように本件(一)の株券を関に交付したことについては、預り証を回収しなかった点において軽率な点がなかったとはいえないとしても、これを通常の場合と同様に評価して被告の無過失を否定することは、被告に酷なものというべきである。

結局、本件(一)の株券の返還の点についての被告の抗弁は、理由がある。

(3)  被告の無過失の点を本件(二)の株式の売却について検討すると、前判示本件(一)の株券の返還についてみた前記四者の関係は、本件(二)の株券売却の時期にも本件(一)の株券返還の時期と遠くないため、なお継続していたものと考えられるけれども、両者に相違する事情として、本件(二)の株券売却の時期に接着する前一〇か月の間には、英太郎の前記各信用取引口座による株式の取引でそれまで多く見られた英太郎自身から出る注文が皆無となり、注文は、関のみによりなされていたこと、当時英太郎の身辺は前記選挙戦のいわば大詰の時期で繁忙の極にあったとみられること、関だけの注文による右株式取引で多額の欠損が生じていたこと、右売却の対象となった本件(二)の株券の量が預り証の授受なしになされるものとしては異例に属するほどの大量であったことの諸事情が挙げられるのであり、これらの事情は、事柄の性質上被告関係者に認識されていたものと考えられるから、以上の諸事情を考え併せると、被告としては、関が本件(二)の株券の売却等の指示をしたことについては、その時期、内容及び背景等に照らし、同人が預り証を持参していないことと併せて、同人の不正行為の存在を疑うべき事情にあったものということができる。しかるに同人の権限の確認につき格別の調査をすることなく、漫然、本件(二)の株券を処分した被告の所為は、無過失であったとは認めがたい。結局、本件(二)の株券の処分については、被告の抗弁は、採用できない。

(4)  なお、関を原告の代理人と信じ、その指示により本件(二)の株券を売却した所為につき被告が無過失といえないことは、前判示のとおりであるけれども、被告が右所為に出るについては、原告の従業員である関が被告の信頼に乗じた不正行為をしたこと、被告の関に対する右信頼は、多分に英太郎の言動によって生じたものであること、原告が被告から株式売買報告書など詳細な取引等の報告書の送付を受けながら、これを検討することなく放置して、被告においても事前に察知できたはずの関の右不正行為を被告に予知させる機会を失わせたこと等の事情も原因となっており、これらの事情は、いずれも原告側の少なからぬ落度と評価されなければならない。

しかして、原告の本件(二)の株券返還請求権の前判示の特殊性(その本来の株券自体の返還については履行不能となり、損害賠償債権に転化すべきものであるところ、信義則上、原告の利益のために右株券と同銘柄、同数量の株券の返還請求権を肯認したこと)に徴し、右原告側の落度は、信義則上過失相殺の法理に則り、原告の右株券返還請求権に基づく返還株券の数量の判定上斟酌されるべきものと解するのが相当であり、その割合は、前判示の諸事情に照らし、右株券の数量の二分の一と評価すべきである。

三、そうすると、被告は、原告に対し、本件(二)の株券の二分の一である五万五〇〇〇株分と同銘柄、同数量の株券を引渡すべく、右引渡しの強制執行が不能のときは、右引渡しの履行に代えその価格に見合う金員四六八〇万五〇〇〇円(本件口頭弁論終結の日における右株券にかかる株式価格として、公知の事実であるその前日の証券取引所における最終値である一株八五一円により総額四六八〇万五〇〇〇円と認められる。)を支払うべき義務があるとともに、遅延損害金については、右代償請求金員にかかる遅延損害金として右株券の引渡の強制執行が不能(不奏効)となった日の翌日から右金員支払済まで商事法定利率による年六分の割合による金員を支払うべき義務があり、原告の請求は、右義務の履行を求める限度で理由があるけれども、その余の請求は、被告に原告主張の義務が認められない(なお、前記五万五〇〇〇株分の株券引渡義務の履行遅滞による損害金については、その額が原告主張の金額であることを認めるに足る証拠はない。)から、理由がなく、原、被告双方の本件各控訴は、いずれもその一部に限り理由がある。

四、よって、原判決を、本件当事者双方の控訴に基づき、右の趣旨に従って変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 岨野悌介 渡辺雅文)

<以下省略>

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